※1 都内の極上庭園・浜離宮
左:文政8年(1827年)建立。風格ある門構えに前田藩の栄華を感じる。
中央:側の瓦には前田藩の家紋が!
右:赤門の金属部分をよーく見ると、ハートをかたどったデザインが見られる。
※2 江戸一の名園!?三四郎池
三四郎池の正式名称は「育徳園心字池」。育徳園は、江戸時代、八景・八境の勝がある、泉水・築山・小亭など数奇を極めた名園と賞されていた。その中でも「心」という文字をかたどったと言われる心字池は素晴らしく、のちに夏目漱石の「三四郎」にちなんで、三四郎池と呼ばれるようになったのだ。
※3 東大のシンボル・安田講堂
安田財閥の寄付により建てられたため、安田講堂の愛称が使われている。1925年竣工。当時「ドイツ表現主義」といわれる芸術運動の影響を受け、建築物を1つの塊として考え設計されている。威圧感さえ感じる存在感は、そんなデザインのためかもしれない。ちなみに、1969年の大学紛争による占拠事件以来、閉鎖されていたが、現在は改修され式典などに使用されているようだ。
※4 ここは西欧?美しき建物群
左:シャンデリアに赤絨毯。風格ある図書館。
中央:南北に伸びる回廊。
右:東西南北に走る、いちょう並木。
※5 なぜなぜ、地下1階・地上4階なの?
地上3階、地下1階を大まかな基準に、外壁には淡褐色のスクラッチ・タイル、ゴシック風の細部、アーチをもつ入口を用いてデザインの統一を図られている。ちなみに、地下1階があるのは当時の西欧建築様式の影響らしい。西欧では街や地域全体の美観という観点から、地下に個別の倉庫や共同の洗濯場を設け、人目のつくところに洗濯物を干さないようにしたり、道路に面した窓やベランダには、必ず花を飾るなど景観に意識した建物が建てられていました。東大の建物群は、西欧の文化、風習を模倣。地下や明かりとりのほりこみ(サンクン)が造られてたように思われる。